2016.8.22

『オニ文化コラム』Vol,17

 
山崎 敬子
コラムニスト
玉川大学芸術楽部講師

残暑というか酷暑というか今夏も暑いですね。
夏といえば怪談話で身も心もヒンヤリ・・・という時期でもあります。
そんな夏らしく、「丑の刻参り」と「鬼」のお話をば。

丑の刻参りは女性限定の呪いの儀式として知られております。
白装束をまとい、頭に鉄輪やら白い布やらを巻いて頭部両脇に火を灯した蝋燭をブッ刺し、手には藁人形と五寸釘。そして丑の刻(夜中1時〜3時)に神社の境内の樹木に向かって、呪いたい相手(女性)を思い浮かべながら藁人形を五寸釘でガツンガツン打ち据える・・・その形相はまさに鬼女!

と、言うのが一般常識。

これは『平家物語』の読み本系異本の『源平盛衰記』などに収録されている「剣巻」に登場する「橋姫伝説」が元ネタとか。嵯峨天皇(809~825年)の時代、ある貴族の娘さんが恐ろしいまでの嫉妬に囚われて京都・貴船神社にこもり、貴船の神さまに「あの女を取り殺したいから私を鬼にしてくれ!」と祈願したところ、なんとまあ本当に鬼になっちゃったよ!というお話。

貴船にはもうひとつ、伝承があります。こちらは以前ご紹介した貴船神社の由来にまつわるお話です。貴船大神が天下万民の救済のために貴船山に降臨したとき、鬼面の牛鬼こと仏国童子が付き添っておりましたが、この童子がまあ~口が軽くて話しちゃいけないことも外にペラペラ話すものだから、大神が激怒しまして、童子の舌を八つ裂きにしちゃったよ、という伝説で、貴船山に降臨した時刻が丑の年の丑月の丑日の丑刻とされています。まさにウシ尽くし。

しかし。丑の刻参りは、本来は女性を呪い殺す儀式ではなかったそうです。そも、貴船大神が降臨したことは本来「良いお話」ですしね。
どうやら大神に同行した牛鬼さんや降臨タイムが「ウシ」だったこと、相手を呪い殺したい「願い」を丑(ウシ)タイムに叶えた橋姫さんの伝説があったこと。それらが合体して、現在の「丑の刻参り」が出来上がったようです。

本来は単に「願いをかなえる」ための儀式だったそうです。蝋燭も白装束も必要なかった。
時代が経つにつれ鬼女儀式になってしまいましたが、せっかくですので、出来たら明るい願いをかなえましょう♪

山崎 敬子 / Yamazaki keiko

玉川大学 芸術学部講師
早稲田大学メディア文化研究所 招聘研究員
小田原のまちづくり会社「合同会社まち元気小田原」業務推進課長


民俗芸能しいては日本文化の活性を目指し中心市街地活性化事業に取り組んでいる。
元広告業界専門新聞編集長であったことから日本ペンクラブに所属。
現在、広報委員・獄中作家委員などに名を連ね活動している。
(社)鬼ごっこ協会会報などでコラムを担当
所属学会:民俗芸能学会・藝能学会・日本民俗芸能協会ほか